11月19日
榛名ベースのセットが黒いビニールシートに包まれている。小屋のなかでナイトシーンを撮影するためだ。それは、小屋そのものよりもさらに異様な光景だ。そして、そのなかからの罵声や悲鳴が聞こえてくる。榛名ベースで始まった同志の粛清だ。
撮影は佳境に入っている。スタッフを含め40人近くが詰まった小屋のなかには、重苦しい緊張感が漂う。セットの大きさはほぼ実物に近い。厳寒の季節、その狭い掘っ立て小屋で30人近くの人間が暮らし、仲間を次々に殺していった姿がありありと浮かぶ。 撮影終了後、若松監督が泊まっている山荘に、連合赤軍の幹部役たちを集めてミーティングを兼ねた夕食。現場とは打って変わりうち解けた監督や、役柄からはうかがえぬ一面を見せる出演者たちに、空気が和む。そんななか、吉野雅邦を演じる莵田高城が、役作りのために千葉刑務所に無期懲役囚として収監中の吉野に手紙を書いたことを話した。その手紙のなかで、吉野は面会したいという莵田に「映画のなかでお会いしましょう」と答えたという。 突然、台所が騒がしくなった。大友プロデューサー補がウィンナーソーセージの袋をあけようとして、誤って自分の指の先端を切り落とし、負傷。ただちに、山を下りて町の病院へ。幸い重傷ではなかったが、戻ってきた白い包帯姿が痛々しい。大友は監督の補佐役として、撮影現場を取り仕切っているだけに、心配だ。
意外と忘れがちなのは、同志の連続粛清が起きたこの榛名ベースに、生後間もない赤ん坊がいたことだ。それは、革命左派の山本順一・保子夫妻の娘で、生後一ヶ月足らずの頼良だった。その頼良として登場するのは、山本順一を演じる金野学武の実際の娘明日華ちゃん。明日華ちゃんは、母親の博美さんとともに一家でロケ現場へやって来た。
左から、地曳豪(森恒夫) ARATA(坂口弘) 莵田高城(吉野雅邦) 竹藤佳世(メイキング撮影) 若松孝二監督 並木愛枝(永田洋子)