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安吾賞、バンザイ!

12月20日、ホテルニューオータニの宴会場にて
「安吾賞」受賞者発表会なるものが開かれた。

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紛らわしいが、授賞式とは違う。
受賞者が決まりましたよ、という発表会であるという。

監督の生前、「安吾賞が贈られます」との通知が届いたのは
残暑も落ち着いて来た頃だっただろうか。
名前は知っていても、読んだ事もない作家の名前の賞。
「何で俺に?」とぽかんとしていた監督。
とはいえ、漏れ聞こえてくる安吾にまつわる様ざまに
面白そうだな、と満足げだった監督。
受賞を目前にして、いきなり逝去してしまったけれど、
審査委員満場一致で、予定通り若松孝二に、という運びになったという。

冒頭、新潟市長が「生きざま賞ともいうべき賞は
若松孝二さんにこそふさわしい」と挨拶を述べ、
続いて選考委員長の三枝成彰氏が登壇し
「若松さん一貫して立ち位置が変わらなかった。
 金があるとうまくいかないと言っていた通り
 なるほど、そうなんだろうな、という時もあり
 大金をもらって時に失敗するというかわいらしさもありつつ
 向かう方向は常に曲げなかった。
 反社会的なまなざしを保ち続けた若松さんは
 この賞を絶対にもらわねばならなかった人だ」と語った。

こうした冒頭の挨拶を受けて、壇上で言葉を述べるべきは
本来であれば監督本人であるが、監督はもういない。
そこで、若松孝二に替わって
長年、若松作品に出演し、監督と深くつながり
新作「千年の愉楽」にも出演している佐野史郎が登壇した。

開口一番「まだ、亡くなった気持ちがしない。
現場での感情が思い出されてしまって
監督と飲みたくなってしまった」と佐野。
「ウソをつくな、フリをするな、本気でやれ、と迫り
ぬるくなるとすぐ見抜かれた」と監督の演出を語り、
監督との最後の時間となった、今年8月の湯布院映画祭を振り返った。
「あれが、サシで飲んだ最後になった。
 旅館の同じ部屋に泊まって、夜中までエチュードのように
 芝居のレッスンをつけてもらった、夢のような時間だった」

「監督と並んで座ると双子のようだった中上健次さんは、
優劣で区切ろうとするものや権力にいかに立ち向かうかという
監督のポリシーと重なっていた。
この作品は、中上作品なんだけれど、若松さんの眼差しでもあり
そこを行ったり来たりしている面白さがある」と
新作「千年の愉楽」の事を語った後、
監督が「クマ、クマ」と愛情込めて呼んでいた
鉄のゲージツ家・KUMAこと篠原勝之もステージへ。

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監督を「アニキのような存在」という篠原は
冒頭から、等身大の若松孝二のエピソードを次々披露。
「死んじゃうと、なんでもかんでも、いい事ばっかりに
 なっちゃうからネ」と言うと
佐野史郎も深くうなずく。
「クランクアップ後、感情をどうしようもできなくて
 ベロベロに酔っぱらって、「若松を殺す!」って
 新宿中を捜し回ったりね。で、翌日にはその情報が
 監督の耳に入っているという」
「俺は、若松さんには、あと3本くらいは撮って欲しかったよ。
 あっちにいっちゃってても、いいよ、
 映画を撮りにこっちに帰って来られるならば」
と、二人は監督へのラブコールを送りつつ、
監督たちとのゴールデン街での下ネタなども披露し場内を沸かせた。

最後は篠原が「俺はね、監督が死んでからずうっと
ここ(胸)のあたりがモヤモヤしてるの。
だからね、もう、吐き出したいんだよ」と言うなり
マイクを床に置いて、「バンザーイ!」と叫んだ。
つられて、会場中がみな、両手を高く差し上げて
「バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」

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みんなで万歳三唱をするとは思わなかった。
胸の中につかえたモヤモヤは、思いがけないバンザイでも
スッキリすることはなかったけれど
しかし、美辞麗句を語りはしない、佐野、篠原の二人が
監督の写真の前で、その思いのたけを伝えようとしてくれた
その事が、心底嬉しかった。

安吾賞の正式な授賞式は、来年2月23日、新潟市内にて。

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2012年12月25日 14:06に投稿されたエントリーのページです。

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